昔の聴覚障害教育

京都に「京都盲唖院」が設立されたときが日本での聴覚障害教育の始まりと言われています。そして全国各地にろう学校が出始めました。手話中心教育、口話教育(ろう学校での手話禁止、口の形を読み取る訓練、発音訓練など)日本での聴覚障害教育は学校方針に任せるなど定着されていませんでした。埼玉県でも大宮ろう学校、坂戸ろう学校でも口話教育を実施したり、新人教員、転勤してきた教員が手話を覚えないなどろう教育の重要性がなかった時もありまし た。

ろう学校を卒業して

ろう学校を卒業しても、ろう者はこういうことが出来ないなど低い身分と見られ、子どもの時の夢が叶えることが出来たろう者は少ない状態でした。ろう学校同窓会や全日本ろうあ連盟、埼玉県聴覚障害者協会を初め、各地域の働きかけにより、いろいろな職種に就いているろう者が見られるようになってきました。しかし制限などがあり、ろう者の社会参加と完全平等までには至っていません。

ろう者はこう話しています
「夢を叶えられなかったので、ろう児の夢が叶えられるよう活動をして行きたい。」
「夢を叶えたので将来のろう者が安心して夢をかなえられるようにして行きたい。」

またろう児を持っている親たちは、
「安心して働き、生活できるようになってほしい。」
「夢を叶えさせたい。自由な空へ羽ばたかせたい。」

考える会と共に

そうです!耳が聞こえない子どもたちの夢を創るためには聴覚障害教育の質を高めなければいけません。もちろん、ろう児の夢を創り、支えていくためには親の愛、ろう者、教育者など皆さんの支援・協力が必要です。
私たち、埼玉の聴覚障害教育を考える会とともに、活動して行きましょう。

コメントは受け付けていません。